水溜まり。

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note.1- 貝殻を見つけて


。 
 。


(( 波打ち際を歩いていたら、楕円形の貝殻を拾ったよ。内側に当たる部分が少し窪んでいて、背中には凹凸ひとつなくて、歳月の輪郭はどことなく、やさしさに似ているね。波音が少しだけ大きくなったと思ったら、わたし、知らず知らず海の方へ傾いてしまって。カラスが二羽、すぐ近くを歩いていたのに、もうとても小さな点になってしまったよ。 


足の指と指の間から砂が、ひねり出るようにして水に溶けて消えていく。
振り向いて、つい確かめてしまう。
砂紋の山を潰してきた足跡が、返す波と一緒に少しずつ崩れていく。


 ――水平線の向こう、


風が吹いて、光が揺れる。遠くの積乱雲の白色が空の青色を半分以上覆って、数羽いたうちのカモメがまた一羽減っている。残りのカモメは、雲の白と同化しそうな距離で浮いたまま、
わたしはどんどんと海の方へ歩いている。つめたい。あたたかいが一緒になって、からだを包んでいく。段々と重みをなくして、カモメを見つめている。カモメはずっと浮いている。背後には積乱雲が迫っていて、まばたきの一瞬に消えてしまいそうなほど空は白くなっていく。このまま、わたしもカモメのように浮いていたいと思っていた。
けれどつめたいも、あたたかいも、胸元までくるころにはぜんぶ、なくなってしまっていた。


(( 波が大きく寄せて膝を濡らしたから、それでまた意識が戻って、手に持っていたはずの貝殻が見当たらないからポケットの中ひっくり返してみたら、何かが波の中に落ちて小さく飛沫を上げて、でもよく見たらそれも貝殻でね、わたし、一体何回拾ったんだろうって。もう空はすっかりと夕色になっていたから、今度は連れて行かれないようにって、貝殻の先の尖ったところを、ずっと触っていたんだよ。

(( カラスが、いつの間にかまたすぐ近くまでやってきていて、羽、意外に近くで見ると綺麗なんだね。夕日を遮るものがなにもなくてさ、雲、あんなに大きかった雲が夕陽を始点にぜんぶこっちに引き伸ばされて。すごく、眩しかった。それからなにもかも、眩しく見えてしまって、


砂を、一握り掴んでから波で洗うと、
手のひらに残った白色の小石が、沈んでいく陽の光に反射してきらきらと瞬いていた。
視界の端で、黒い影が二羽飛び立って夕陽とは反対方向へ向かっていく。
足元を見ればわたしは裸足のままで、靴の置き場所を、もと来た場所を忘れてしまっていた。

二羽の背中はどんどんと小さくなって、頭上付近では群青色の空に、夜が触れ辺りを紫色に染めていた。

少し、ゆびさきが痛んだ。貝殻の先が、欠けてしまっていたから、
波の中に落としてももう、さっきよりも薄暗くて、何も見えなかった。


(( また会おうねって言えないから、だからさようなら、また明日って。もう少し素直で居られたら、良かったのにね、

(( だから貝殻、また見つけたら、今度はたいせつにしまっておくよ。きっといつかまた会おうねって、貝殻、渡せるように。



波音に混ざるように、歌をうたった。
裸足のまま、帰る道を探しながら、空には星がいくつか瞬いて、それはとても綺麗で、
うたは波音のようにはなれなかったけれど、それでも誰もなにも言わなかった。
わたしはひとりで、わたしはそれを、わかっていたから。
歌をうたった。
波音のようにやさしく、歌をうたった。





  。 
   。
































| 12:43 | 散文 | comments(0) |
わたしたちは星屑の地平に眠る


真っ白い砂の中に混じる小石をじゃりと鳴らしながら、薄闇に光る下弦の月明かりが照らす平地を、真っ直ぐに歩いていく。そのうちに見えてくる、ゆるやかな勾配の坂道を登ったところにあるバス停で、わたしはヨーロッパ製で、しかも木作りのカエルと待ち合わせをしていた。

カエルは、わたしの脳内に一言、待っているとだけ言った。

月明かりは、気付かない程少しずつ透明に変わっていき、歩いていくにつれ薄闇はどんどんと色濃くなっているようだった。待ち合わせのバス停が立つ坂道にたどり着いた頃には、空は漆黒に変わり、夥しい数の星がそれぞれ、瞬いていた。

坂道を上る途中、地面から小さなミドリ色の芽が出ていたので、カエルにあげようと思いいくつか摘みとった。摘みとった場所からはまた同じように小さな芽が出てきて、辺りには湿った空気が流れ始めている。カエルは既にバス停の下で仰向けに寝転がり、灯り始めた星明かりの宴を見つめていた。わたしはカエルの傍に駆け寄り、同じように隣で寝転がった。


 *


人々が眠りにつく頃、メガストラクチャーから放たれる警告灯の赤い光が空を駆け回っていく。
フォール、ダウン。

 わたしの声が・・届い・てい・ますか?

ぶつ切りの声は夜風に流され、白い花柄のレースが膨らみ、波打つ。幾度も、寄せては返し、少しずつ鈍くなる回路に、言葉を忘れていく。薄雲を照らす赤い光が目の前を横切っていく。またひとつの音が失われたと感じた後に、ひとつの音が生まれた。ごとり。足元を見ると、木作りのカエルが目を見開いてわたしのことを見つめていた。暗闇の中放たれた光の余波に触れ、ダーググリーンなカエルの目の外膜が白く、際立って、わたしを、わたしのことをじっと、ただ、じっと、


 *


銀河の中心付近、天の川の濃度が濃くなる辺りから、サソリの尻尾を目で追った。アンタレスの赤く深い煌きにわたしの胸が震え始めると、カエルはすぐに、南斗六星を指差した後、横へ腕を流した。ひゅっと、一筋の流れ星がアンタレスの煌きと弾けて、天の川のせせらぎに一段と強い光が灯る。

わたしはここで、カエルに恋をした。
表情の無いカエルの顔を何度も愛撫し、はだけた胸の柔肌にカエルの手を寄せた。カエルの手が胸に触れる度、わたしの中で眠る宇宙は少しずつ膨張しそれに呼応するように夜がどんどんと深く、暗くなっていった。夜が暗くなればなるほど星たちは輝きを増し、今では目を閉じることのできない程の光が、手の届くところで溢れかえりわたしとカエルとどこまでも続く地平の果てまでも伸びているのが見える。

わたしはここで、カエルに恋をした。



 * 


窓際へカエルを戻し、小窓を開け放ちレースを開く。流れていく風に、細く透明な糸を流していく。
誰でもない、だれか、夜の向こう岸で待つ人へ、ちいさな声で呼びかける。

「「届い・・て・いますか・ここ・から見える星・はビル・・の明かりで・・今にも消えてし・まいそう・です。」」


 *


カエルは起き上がりわたしの方を向いた。カエルは何も言わずにただわたしの方を向いていた。いつもそうだった。星明かりが眩しい。ねぇ、とても眩しいね。カエルは何も言わない。いつもそうだった。ただわたしの瞳の奥をずっと見ている。星明かりに混じってパルサーの光が空を駆けていく。カエルの顔は木作りでとても肌触りが良い。愛してる。

カエル、あなたはどこへ行くの。カエル、何も言わないままわたしの奥のほうばかり見つめて、ねぇほら星が降り始めているよ。もうすぐ、そこここで朝が湧き上がってしまうよ。カエル、あなたの瞳の輪郭は、いつもとても、美しいね。

カエルはずっと、何も言わない。わたしもずっと、ほんとうは初めから何も言っていなかった。ずっとわたしは、カエルを見つめていた。見つめていた。カエル、まだ朝は来ていないよ。カエル。きっと目が覚めてもまだ、星は眠ったままで、カエル、あなたはわたしの隣で、どこまでも続く夜の底でまた、待っていると、そう呟いて。カエル、きっとまたここで、あなたとふたり星たちの瞬きの中、わたしは少しだけ、眠りについて、カエル。愛してる。あなたの肌の温かさに触れているわたしの温かさをあなたの肌に眠る長い歳月にどうか、刻み付けていてほしい。


 *


風が吹く。
細く透明な糸を辿って、伝わる声に、時間はいつまでも流れない。
わたしは眠ることができないでいる。
もう、ずっと、どこでもないこの場所で。







| 12:46 | 散文 | comments(0) |
目覚めた朝に、生まれたい



午前三時、まどろみの淵で眠りについて、午前六時三十分、母の声で目が覚める。何もしていないのに、何故か身体中が痛い。きっと大きなクマが瞳の下で寝そべっているに違いなかった。目が、とてつもなく重たいのだ。
よたよたしながら階段を下りて居間へ行くと、母がわたしの方へ振り向いて、青ざめた様子で近寄ってきた。どうやら今朝方、わたしが死んでしまったらしい。母が居間へ降りてきた時には既に息はなく、口から得体の知れない液体が出ていたそうな。落ち着きのない母に、死体はどこにあるのかと尋ねると、母は思いだしたように台所の隅の方を指差した。けれどそこには何もなく、とりあえず、わたしは空腹を感じ始めていたので、用意されていたトーストを口に突っ込んだ。わたしの好きな、ピーナッツバターが塗ってあった。


学校でクラスメイトにそのことを話すと、「「 母を訪ねて三千里は良いけど、父を訪ねて三千里は無いよねと言ってきた。まったくその通りだった。この学校のクラスメイトに、マトモな奴はいなかった。わたしは、わたしだけがマトモであると知っていたので、ちゃんと丁寧に教えてあげることにした。なんていうか、母を訪ねて三千里も、あり得ないよね。って。


学校を抜け出してから、駅付近でうろついていた親父を狩った。狩られた親父は、お金をくれると言ったので、キス無しで、とりあえずもらっておくことにした。ほんとうは別に、お金とか無くてもよかったんだけど、って、バイト先の先輩に話をしたら、飲みに誘われたので、そのまま眠りにつくことにした。


午前二時、覚醒しないまま、半裸状態で夜道を歩いた。煙草を吸いながら、先輩の両腕にあった傷を思い出す。かさぶたの上を横切るように傷が走って、その傷の上にまた傷が走って、なんだかとてもおかしかったから、おもいきり笑って、その後、おもいきり抱きしめたら、先輩は、わたしの胸の中で眠ってしまった。死んだように、眠ってしまった。きっと先輩も、眠る場所を探していたんだろうと、そう思ってみた。
まだ風が、少しだけ冷たかった。


家に帰ると、母が泣いていた。わたしを見ると急に怒り出して、ぼかすかとグーで殴ってきた。わたしとあまり背丈の変わらない母なので、上方から振り下ろされるグーは、頭付近、鎖骨辺りに激突していく。
母はもう言葉にならない言葉を言いながら、狂う寸前だった。わたしはまた先輩のことを思い出して、母のこともおもいきり抱きしめてみた。すると母も、しばらくするとわたしの胸の中で眠ってしまった。やっぱり死んだように、眠ってしまった。途端に、部屋の中から音が無くなって、真夜中が、少しずつ降りてきた。それに同調するように、わたしの瞳のすぐ下では、太りに太った大きなクマが、ばったんばったんと、寝入る準備を始めたらしかった。


午前五時二十五分、唐突に目が覚めると、腕の中に居た母は、窓際の前で朝焼けと燃えていた。夢、だと思った。袖をまくり、洗面台の剃刀で腕を切りまくった。深く入った傷が血管を裂くと、血が噴き出した。母の目の前で、血が噴き出した。それでも母は、朝焼けと燃えていた。わたしは母の胸に倒れ込んで、いっそ眠りたかった。

 あた たかい。
母はそう言って、わたしの胸の中でまた眠りについた。二人とも血まみれで、朝焼けがとても眩しかった。いつまでも、母の寝息は胸の中で温かくて、そのうちに少しずつ、意識が引いていくと、腕の傷がズキズキと痛みはじめた。そこらじゅうから、血生臭い匂いがしていたし、気分も悪くなってきていた。母の頬に触れると、綺麗だった母の頬も血だらけになり、瞳の下では、どうやらクマがまた眠りについたらしかった。



 ((( ねえお母さん、わたしはまだ、死んでいないよ、



浅い眠りにつく前に、わたしの中で死んだように眠る母へ、わたしはそっと、耳打ちをした。
目覚めた朝に、わたしがまた、生まれるように、と。







































| 14:40 | 散文 | comments(0) |
夜に死なない、


ないていた。



どこか遠くで、日を捨てる音がする。昨日と、今日と、明日と。夜にさえ、抱かれない。わたしの、帰る道。立ち並ぶ家に人は居るのに、話声ひとつきこえない。石壁に反響する歩く音は、乾いた鼓膜を少しずつ圧迫していく。二つ目の曲がり角、ないていた。夜に刺さる声、二階建ての空き家。そのてっぺんできいきいと、風見鶏がないていた。それをいつも、いつもいつもどうにかしてやりたいと、思っていた。わたし、わたしは、たぶんわたしが思うよりもおかしくなっていたのかもしれない。頭が、ひどく痛かった。その日は、男のモノをくわえているのがいつもよりも苦痛で、とにかく頭が、痛かった。

あの、吐いても、いいですか、
言葉よりも先に、モノが出た。男のモノを噛み砕く、一歩手前で。薬が欲しかった。なんでもかまわない。今日に限って忘れてしまっていた。頭が痛い。男の情けない顔、わたしはどんな、顔をしていたのか。不意に笑いそうになる。おかしかった。とにかく、とにかく。何も考えずに飛び出した。小さい頃は全力疾走とかしょっちゅうで、でもやっぱりあの頃のようにはいかない。走りはじめてすぐに、胸が痛くなった。それに同調するように頭の痛みが激しくなる、ずきずき、ずきずき、暗い、路地裏。明るすぎた場所からの影響でうまく前が見えない。生ごみの臭いがする。寒かった。一瞬、裸かと思ったらわたしは服を着ていた。おかしかった。電話が鳴る。半狂乱の店主から、半狂乱な声で、どうしたんだと。どうしたんだと、わたし。いやどうもしていない。わたし。誰にも会いたくなかった、もう、思いつく限りの罵声を浴びせて、電話を切った。
 
 
 
歩きながら、わたしは死んでいた。今までと同じように、ひとりずつ、わたしが死んでいった。
なかなか治まらない胸の動悸と頭痛で、死期が早まるように、どんどん、どんどん死んでいった。一体、後何人のわたしが残っているんだろう。急に走るものじゃない。昔誰かに言われたことがあった。親だったか、愛そうとした人か、遠い昔ほど、よく覚えていた。気付けば足も痛い。走れるような靴ではなかった。路地裏からいつもの道に出た。わたしは真っ黒になってしまったんじゃないか、そんな気がしていたが、ガラスに写るわたしはいつものわたしだった。眩しい。この街のネオンが心底嫌いなんだと、思った。
  
少ししてまた、電話が鳴った。友人。という文字が画面の中で点滅している。とらなかった。捨てた。わたしには友人はいない。吐き出す息と一緒に声に出す。いたことさえない。今すぐ、飛び降りてしまいたかった。もう、どこか高いところから、気絶しておしまい。おはよう地獄。きっと今だって、頭が割れているに違いない。でもほんとうは死にたくないと、思ってる。わたし、わたしはわがまま。わがままな子だと、小さい頃から親が言い続けたように、わたしはわがままだった。わがままじゃないといい続けたわたしは、たぶん、一番はじめに死んでいた。


 
自然と、帰路についていた。昨日と同じ帰り道には、昨日と同じように少しずつ明かりが失われていく。時間がいつもより早くても、夜に変わりはなかった。外灯はくたびれ果てて、出迎えることは決してしない。通る度、夜の温度が濃くなっていくような、そんな感覚を抱いていた。どこの家も真っ暗で、わたしも、同じように真っ暗だった。誰も居ない。居ない。帰っても、わたしはそこに居ないし、ここにも、居ない。
かなしい声がきこえる。わたしの、風見鶏の、声。ないていた。くたびれた外灯の端に建つ空き家の、漆黒の闇のてっぺんで、風の吹く度ないている。わたしは後何人、残っているんだろう。何度も思いながら、空き家の前で立ち止まった。もうきっとおかしくなっていた、頭が、痛かったし、無性に笑いたかった。何も飲んでいないから、口が酸っぱい。あんなモノ、噛み砕いてやればよかった。一瞬、そう思って、でも噛まなくてよかったんだと、思いなおした。

 
 
ないている。いつまでも、風見鶏が、誰もいない夜に向かって。ないている。今、どんな顔をしているんだろう。朝の雄々しい姿を見ないままでいた。でもそれでよかったのかもしれない。誰も居ない家のてっぺんからは、きっと、かなしい景色しか見えないでしょう?うずくまる、わたしの背中を預ける夜が寒いのは、昨日も、一昨日も、ずっと、ずっと同じ。帰りたかった。どこかに。わたしの居るどこかに。胸の動機が少しずつ落ち着いていく。ないている。ずっと。ないている。わたし、わたし、わた、し、ばいばい。小さく叫んだ。外灯がじりじりと唸っている。その音よりもずっと小さく、けれど叫んだ。おもいきり。ないている。ずっと、ずっと。ばいばい。
 
立ち上がる。頭はどうせ割れていた。今何人目かはもう、わからなかった。ないている。わたし、もう、ないていない。またひとり、死んでいった。夜の底の、底の、底。上を見上げても、何も無い。そんなことずっと前から知っていた。星よりも多い、わたしの死体は星よりも弱く、瞬きもしないこと。一体、夜はどこまで、高くなるのか。長い間を、宛てもなくないている。目を閉じていても、開けていても、わたしが確かに、そこに、死んでいる。
 
 




























































| 12:47 | 散文 | comments(0) |
春のまぼろし

のそり。枝垂れすぎた桜が、穴開きブロック塀の上を跨ぐようにして、地面に口づけをしている。ような格好で、あたしの方にお辞儀をしている。薄桃色の、明るい、花色。雨上がりの陽に触れてそれは、どことなく艶めいて見える。きっとまだ、誰にも触れらていないんだろう。そう思ってあたしはそのさきっちょをぽきり、と、へし折って手に取ってみた。(( ちく、と小枝が刺さる。僅かな、罪悪感。人並みの。風が、腹部の方から、突然やってきてあたしの、鼻先を突き抜けていく。吸い込む空気に、香る。中へ、中へ中へと、満ちて、いくように、春。

光合成。草木の、一年ぶりの、でもとても懐かしい匂い。あたしは道を行く。ごーすとりーと。無駄に広い、道幅。並ぶ家々には、剪定されていないままのレッドロビンが、四方八方に手を伸ばせる限りに伸ばしたと、言わんばかりで、(( 頭の、隅っこの方では、"垣根の定番!成長の早いレッドロビン!"と、いなくなった父が、勝手に補足を始めている。道なりに、角を曲がる。その右手やや前方、片手を高らかに空に向けているかのような、痩せ細った梅の木が一本、空き家の庭で、今にも死にそうに、生きているのが、見えた。

   *

 背中を、蹴られたことが、あるのです。誰とは言わず、誰にでも。そんな時、いつも、存在しない理由は、追撃のように背中を貫通して押し寄せてくるので、わたしのからだは、それらに耐えうる強度を手にした驚くほどタフな、からだ、で、あれたなら、嘘、ばかり生まれることも、なかった。はず、でした。お医者さん、が、言うにはどうも、わたしの、わたしが、わたしであること、にも、原因が、あるらしく、て、(( こ、の、ヤブ!とかなんとか、父がまた、頭の中で叫んでいます。それはいつも遠い、感覚に似ていて、母は、きっとそこには、いません。たぶん家にも、いません。

   *

暗、転。陽が陰ると、なぜだか世界は暗くなるようで、そんな時はいつも、瞳、の、奥の方、くすぶっていたあたしが顔を出す。おはよう。って、角を曲がった先で、猫。今日は、晴れ、時々曇りみたいだね。そんな風にほんの、少しだけ、互いに半身を並べて、しばらくの間並行に、歩いていく。(( 意識、しないように、横目で。きっと猫もあたしを、意識、しているんだ。そのうちに、突き当たる。次の角。右か、左。一瞬、立ち止まった。猫も、あたしも。

   *
 
先天性の、ものでしょうと、ため息混じりでお医者さんが言うのです、から、から、今のわたしは、必ずしもわたしのせいでは、なくて、ねえお父さん、見てください。(( 聞こえているのなら。今日も、ああこんなにも陽は、あたた、かいのです。もう、春です。風の、匂いに溺れてしまいそうで、今年も、またからだの中を春が巡って、いくから、(( 震えて、しまうわたしの、癖。わたしの、わたしたちの真昼を、言葉にはなれない言葉の光で、満たしていく、みたいに薄明るく眩しくてまだ、その陰りの反動が、どうしても怖いの、です。

   *

互いに、あたしはお尻を、猫はキュートな尻尾を、背中で見送り合って、別々の道を行く。すぐにまた陽が射してきた。それと同時に、肌寒い風が急に勢いをなくして、やさしく頬を寄せてくる。またひとつ空き家を通過する。古い、平屋建て。誰を迎え入れるわけでもなく、クレマチスが花を咲かせている。ここにも、春。旅人の喜び。という花言葉を思い出す。(( 声色の、高い、母の声がする。父のいない、まどろみの中。春の、陽だまりの中で、聞こえる。母の、声はいつだって、いつだって笑っていた。確かなもの。陽だまりの中では、母の声、は、

   *

―――お腹が空いたなら、道に生えている花を食べます。
意外に美味しい、花の蜜。は、ささやかな、生きている喜びを、晴れている時にだけ、時々、くれたりもしました。幼い頃の、帰り道、暮れていくのは日だけでは、なくて、焼けていく空には、わたしの亡霊が束になって重なって、いつも一緒に、燃えていました。散りじりに、裂けて消えていく雲の、姿。巡る、血の色。人であるように、わたしも、ほんとうは安心したかった。

   *

遠くへ、歩いていたはずの、あたしは何故か、さっき歩いてきた道を、また歩いている。角を曲がる。空き家の庭の中、梅の木が立っている。死にそうな、あたしに負けないくらい、細い、からだ。指先に紅色の、春を、僅かに巡らせている。脈々と、脈々と。そんな風にしてあたしは道を、戻っている。また、戻って、いる。
(( 立ち止まる。さきっぽの折れた、枝垂れた桜。しゃがみ込んだ細い、後姿が目の前で、静止する。止まったように、血が、引いていくのがわかった。頭から突然に、よろめく。手をかける、ものがない。

桜の淡い、花色に似た、民族刺繍。ホルターネックのサロペット。
もうひとりの、あたしの、後姿。

   *

目の前で、立ち上がる。桜の、小枝を手に、持ったまま。水溜りの中へ、飛び込んだ陽が風にゆられて、あたしの瞳へ、跳ねてくる。眩しい。消えていく、もうひとりの、あたし、の、後ろ姿、消えていく。目を、閉じる。

今にも、零れてしまいそうな陽だまりの、中で、




  ((  ――風の匂い。花を食む感触。
          目を見開いた、
      ゆびさき、ふるえながらわたしは、夕空に燃えるわたしの亡霊を、
      見つめて、いる。



















































 

| 12:45 | 散文 | comments(0) |
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